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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1247号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、左に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(主張)

一  被控訴代理人

控訴人の後記主張事実を否認する。

二  控訴代理人

被控訴人は身体障害者であるため、養子好延に一切の代理権を与えていたところ、

(一)  右好延は、当時格別昵懇な間柄にあつた訴外中山八郎に対し、被控訴人所有の不動産を担保に提供して金員を借入れることを承諾し、その代理権を与え、被控訴人の実印、権利証を交付した。

(二)  然からずとするも、右好延は、中山八郎に対し被控訴人所有の土地を訴外東洋埋立資材株式会社(以下、東洋埋立資材と略称する。)に売渡す契約の締結及びその所有権移転登記手続を委任していたところ、右中山は、その権限を越えて控訴人から金一、〇〇〇万円を被控訴人の代理人として借受け、これを担保するため、原判決添付別紙物件目録記載の不動産(以下、同目録記載の不動産については同目録記載の番号を付して本件土地、本件建物といい、或いはこれら不動産を総称して本件不動産という。)につき、譲渡担保権の設定、抵当権の設定、代物弁済の予約をするなどして本件の各登記をなしたのである。

そして、控訴人は、中山が被控訴人の実印、本件不動産の権利証を所持しており、右は通常他人に貸与されない性質のものであつて、しかも、中山は、昭和四九年七月初ころ被控訴人の代理人として、控訴人から右実印及び権利証等を担保として金員を借受け、次いで同年八月二九日訴外長田ゆき子外一名から金五〇〇万円を借受けて控訴人に対する右債務を弁済し、被控訴人の右実印、権利証を使用して本件不動産のうち八筆の土地につき抵当権の設定登記を経由した。このようにして、控訴人は、右中山が好延と格別昵懇な間柄にあるところから、被控訴人より一切の権限の委任を受けているとの同人の説明を信じて、同年九月二七日被控訴人の代理人と称する右中山と、金一、〇〇〇万円の消費貸借契約を締結するとともに、本件不動産につき譲渡担保権設定等の前示各契約をしたのである。従つて、被控訴人は、控訴人に対し中山八郎が被控訴人の代理人としてした本件消費貸借契約及びその債務を担保するためにした本件不動産の譲渡担保契約等の無効を主張することができない。

(証拠関係)(省略)

理由

一  本件(一)ないし(一七)の各土地が被控訴人の所有に属すること、被控訴人が本件(一八)の建物につき持分を三分の二とする共有権を有すること、控訴人のために本件(一)ないし(三)、(一一)及び(一二)の土地につき原判決添付別紙登記目録記載(一)の所有権移転登記、本件(四)ないし(一〇)及び(一三)ないし(一七)の各土地につき同目録記載(二)の(1)の抵当権設定登記、同(2)の所有権移転請求権仮登記、本件(一八)の建物につき同目録記載(三)の被控訴人の持分全部移転請求権仮登記及び同(四)の被控訴人の右持分につき抵当権設定仮登記の存する事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  控訴人は、被控訴人から代理権を授与された中山八郎、然らずとするも、被控訴人から一切の権限を委任されていた被控訴人の養子高橋好延より代理権を授与された右中山は、昭和四九年九月二七日控訴人から金一、〇〇〇万円を借受け、右債務を担保するため本件(一)ないし(三)、(一一)及び(一二)の各土地につき譲渡担保設定契約、本件(四)ないし(一〇)及び(一三)ないし(一七)の各土地並びに本件(一八)の建物の持分三分の二につき抵当権設定契約、代物弁済の予約を締結し、右各担保権設定契約に基づいて本件の各登記を経由した旨主張する。

そして、乙第一号証には、「被控訴人の代理人中山八郎は昭和四九年九月二七日控訴人から金一、〇〇〇万円を、弁済期同年一二月二〇日、利息年一割五分、遅延損害金年三割と定めて借受け、右債務を担保するため本件不動産を控訴人に譲渡した」旨の記載があり、甲第二七号証の二には、右同日被控訴人が中山八郎に対し「昭和四九年九月二七日付抵当権設定契約証書記載のとおり担保権設定登記申請の件、同日付代物弁済予約証書記載のとおり所有権移転請求権仮登記申請の件、同日譲渡担保による本件(一)ないし(三)、(一一)及び(一二)の土地に対する所有権移転登記申請の件及び復代理人選任の件を委任する。」旨の記載があつて、これには君津市長が同年八月一六日発行した被控訴人の印鑑登録証明書が添付され(甲第二七号証の三)、甲第二八号証には、中山八郎が同日付で司法書士訴外中島俊夫に対し「昭和四九年九月二七日の譲渡担保契約により本件(一)ないし(三)、(一一)及び(一二)の土地につき控訴人への所有権移転登記、同日付抵当権設定契約証書記載のとおり抵当権設定登記申請の件、同日付代物弁済予約証書記載のとおり所有権移転請求権仮登記申請の件を委任する。」旨の記載があり、更に甲第三三号証には、被控訴人が同日右中島俊夫に対し「昭和四九年九月二七日付代物弁済予約により控訴人に対する本件(一八)の建物の共有持分全部移転請求権仮登記申請の件を委任する。」旨の記載があり、成立に争いのない乙第九号証によると、本件の各登記は、これらの書類によつてなされた事実を認めることができる。

そこで、中山八郎が被控訴人を代理すべき権限を有したかどうかについて判断するに、成立に争いのない甲第一ないし第二六号証、第三七ないし第三九号証、第四二(乙第二三号証)、第四三号証(乙第二四号証)、第四五号証、第四八、第四九号証の各一ないし四、乙第一ないし第三号証、第五ないし第七号証、第九号証、第一一ないし第一三号証、官署作成部分は成立に争いがなくその余の部分は弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第一七号証、成立に争いのない甲第九号証に照らして成立を認める甲第三一、第三二号証、第三五号証に、原審証人飛田治郎、大野久作、原審及び当審における証人高橋好延(各一、二回)、同高橋勝子、同中山八郎の各証言、原審における被控訴本人、控訴本人(一、二回)尋問の各結果並び君津市長に対する調査嘱託の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  被控訴人(明治三六年二月一日生)は、幼少のころ白内障を患い、以来失明に近い状態にあるため、家業の農作業は弟亡高橋力蔵の妻訴外勝子及び養子好延に一任しているが、戦後自己の名で自作農創設特別措置法による農地の売渡しを受けたほか、先代亡兼吉名義で農業用資産を所有していたこと。

(二)  被控訴人の養子好延は、縁組前の昭和四九年四月一〇日ころ(縁組は同年五月二〇日)被控訴人に無断で、中山八郎を介して東洋埋立資材に対し、被控訴人が採掘土砂の搬出道路敷として他に賃貸中の本件(一二)の土地、分筆前の同所字中入四六五番田六九平方メートル及び同所四六六番一田六八〇平方メートルのうち三一三・二三平方メートル(分筆後の本件(一二)、(一四)及び(一六)の各土地)を、代金八〇〇万円、所有権移転登記を同年八月二五日ころまでにすることとして売渡し、同月一二日ころ代金五〇〇万円を受領した(右代金のうち金三〇〇万円は、右中山が着服した。)こと。

(三)  本件(一)ないし(一七)の土地はいずれも被控訴人の先代兼吉の所有名義であつたところ、右好延は、同社に対する所有権移転登記義務を履行すべく、被控訴人に無断で、同年四月一七日君津市長に対し被控訴人の印鑑登録の申請をし、同月二六日高橋勝子をしてその証明書の交付を受け、同年五月二一日前示三筆の土地及び本件(一七)の土地につき、被控訴人が昭和四年一二月六日家督相続によつてこれが所有権を取得した旨の所有権移転登記を経由し、昭和四九年六月五日ころ建設省関東地方建設局長宛に国道一二七号線と右三筆の土地との境界査定願書を提出して、その査定を受け、同年八月一四日右四六五番の田を本件(一三)、(一四)の土地に、四六六番一の田を本件(一五)、(一六)の土地に、それぞれ分筆手続を了したこと。

(四)  右好延は、同年八月一〇日ころ中山八郎から東洋埋立資材に売渡した本件(一二)、(一四)及び(一六)の各土地の所有権移転登記手続に必要な書類を用意するよう申し向けられ、同月一五日に交付を受けた被控訴人の名義の印鑑登録証明書、本件(一二)ないし(一七)の土地権利証(右各土地の権利証が一綴となつていることは、前示家督相続による所有権移転登記が同じ受付番号であることから認められる。)及び被控訴人の前示登録印鑑(以下、実印という。)を用意し、同日これらを右中山に交付したこと。

(五)  ところが、右中山は、翌一六日被控訴人の実印を冒用し、訴外飛田治郎をしてその印鑑登録証明書二通の交付を受けさせた上、同月一八日右好延に対し登記まで日数があるとして右実印及び権利証等を一たん返還したが、同月二五日ころ再び好延から、東洋埋立資材に対する所有権移転登記のために必要であるとして右実印及び権利証等の交付を受けた(右実印は、現在に至るも好延に返還されていない。)こと。

(六)  右中山は、同年八月二九日被控訴人の代理人と称して長田ゆき子から金五〇〇万円を、弁済期二か月後、利息月七分と定めて借受け、右債務を担保するため本件不動産につき抵当権の設定を約し、同年九月六日訴外佐久間一夫をして本件(一)ないし(一一)の土地につき、被控訴人が家督相続によつて所有権を取得した旨の所有権移転登記手続を経由させてその権利証を入手するとともに、同日本件(一)ないし(四)及び(一二)の土地につき、債権者を長田ゆき子、債権額を金四〇〇万円とする抵当権、本件(一三)、(一五)及び(一七)の土地につき、債権者を訴外安西とみ、債権額を金一〇〇万円とする抵当権の各設定登記を了したが、本件(一八)の建物については権利証が存しなかつたため抵当権設定登記をすることができず、そのため右長田は直接被控訴人と交渉すると言い出したこと。

(七)  そこで、右金員の借入れの事実を被控訴人に知られることをおそれた中山は、弁済期前の同年九月二七日被控訴人の代理人と称して控訴人から金一、〇〇〇万円を、弁済期同年一二月二〇日、利息月六分と定めて借受け、そのうち金五〇〇万円を右長田に支払つて前示抵当権設定登記の各抹消登記を得た上、本件(一)ないし(一一)、同(一二)ないし(一七)の各土地権利証、被控訴人の実印を冒用して偽造した前示各委任状等を使用し、本件の各登記を経由したこと。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する乙第八号証、第一三号証の各記載は前顕各証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠は存しない。

以上に認定した事実によれば、被控訴人は、養子好延に対し本件不動産に担保権を設定することを含む一切の権限を委任していなかつたものというほかなく、また、中山八郎に対しても直接代理権を授与した事実も存しないものというべきである。もつとも、乙第二号証には、「好延が被控訴人から財産の管理、家計一切を委されていた。」旨の供述記載、甲第三八号証、第四二(乙第二三号証)、第四三(乙第二四号証)号証、乙第八号証には、「被控訴人は若い者に委せてあるから若い者と相談してくれといつていた。」旨の供述記載があり、原審における証人大野久作、控訴本人(一回)も、同旨の各供述をしているが、これらはいずれも前顕各証拠に照らして措信できない。

従つて、中山八郎が被控訴人を代理すべき権限を有したことを前提とする控訴人の主張は、これを採用することができない。

三  次に、控訴人の表見代理の主張について判断する。

先ず、控訴人は、被控訴人は自ら、又は一切の権限を有する高橋好延が中山八郎に対して被控訴人の実印及び本件不動産の権利証を交付することによつて第三者に対し右中山に代理権を与えたことを表示した旨主張する。

しかしながら、既に認定した事実によつても明らかなように、被控訴人が中山八郎に対し被控訴人の実印、本件不動産の権利証を交付した事実は存しないし、また、被控訴人が好延に対し一切の権限を与えた事実を認めることもできないし、右中山が所持していた被控訴人の実印及び本件(一二)ないし(一七)の土地権利証は、右好延がいずれも被控訴人に無断で印鑑登録をしたその印顆及び家督相続による登記をすることによつて入手した権利証であつて、好延から同人が被控訴人に無断で東洋埋立資材に売却した本件(一二)、(一四)及び(一六)の土地所有権移転登記を依頼されて交付を受けたものであり、また、右中山の所持した本件(一)ないし(一一)の土地権利証は、同人が壇に右土地につき、被控訴人の家督相続を原因とする所有権移転登記を経由したことによつて入手したものというべきであるから、右中山が被控訴人の実印及び右の各権利証を所持していた事実をもつて、被控訴人の授権表示があつたものということはできない。もつとも、乙第一九ないし第二一号証の各一、二、第二四号証には、「右中山は昭和四九年六月一五日ころから金を借りるため好延から被控訴人の実印と本件不動産の権利証を借受け、同年七月七日ころ控訴人から金一五〇万円を借受けた際も、控訴人に対し右実印と権利証を担保として差し入れた」旨の供述記載があり、原審証人大野久作、当審証人鈴木朝司、原審及び当審証人中山八郎、原審における控訴本人(一、二回)も、これに沿う供述をしているが、前認定のとおり、中山が好延より被控訴人の実印及び本件(一二)ないし(一七)の土地権利証の交付を受けたのは昭和四九年八月一五日(ただし、同月一八日一旦返還)及び同月二五日ころであり、同人が本件(一)ないし(一一)の土地権利証を手に入れたのは同年九月六日であつて、同人は本件(一八)の建物の権利証を所持していなかつたのであるから、右にいう権利証とは、前示乙第一三号証に記載されているように、本件不動産の登記簿謄本(その全部であるか一部であるかは暫く措くとしても。)と認めるのが相当である。従つて、右の各証拠によつて右認定を左右することはできない。

次に、控訴人は、中山八郎は権限を越えて控訴人と本件不動産につき譲渡担保契約、抵当権設定契約等の契約を締結した旨主張するが、右中山が被控訴人を代理すべき権限を有しなかつたことは、前認定のとおりであるから、控訴人の右主張は、その前提を欠き採用できない。

従つて、控訴人の表見代理の主張は、いずれも、その余の点について判断するまでもなく失当である。

四  以上の次第であるから、控訴人は、被控訴人に対し本件不動産についてした原判決添付別紙登記目録記載の各登記の抹消登記手続をなすべき義務がある。

五  よつて、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

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